福岡高等裁判所 昭和49年(う)330号 判決 1974年10月31日
本籍並びに住居
福岡県遠賀郡岡垣町大字山田一一六番地の四
会社役員
山形吉信
昭和二年一月二三日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、昭和四九年六月一〇日福岡地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、原審弁護人から控訴の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人近江福雄提出の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
同控訴趣意(量刑不当)について。
しかし、本件記録及び原審で取調べた証拠に現われる犯罪の情状、とりわけ被告人は隠し資産の増加を企図し、種鶏孵化の事業所得に対する所得税を免れるため、売上げの一部を除外し所要経費を水増しするなどの経理上の操作をなして該部分を簿外の預金とし、もつてその所得の大部分を秘匿し、昭和四五年度分にあつては真実の所得が二、二二五万一、六三四円であるのに一二四万一八一円と、同四六年度分にあつては真実の所得が五、八〇三万八、八七四円であるのに六一九万八、八七八円とそれぞれ内容虚偽の過少の納税申告をし、これにより合計四、〇五九万八、八〇〇円の所得税を逋脱したものである。右に明らかな如く逋脱の動機は不正な利慾であり、逋脱の態様は帳簿操作や隠し預金にみられる如く悪質にして巧妙であると同時に、真実の所得額と申告額の懸隔は甚だしく、両年度にわたり多額の所得税が大胆に脱税されていること等にかんがみるときは、原判決の被告人に対する科刑は相当というべきである。なお所論は罰金が多額にすぎるというのであるが、前示犯行の動機、態様及び逋脱の額等に照らすとき、これが不当に重いものとは認め難く、その他所論の被告人に利益な事情を十分に参酌しても、原判決の刑の量定はやむを得ないものであつて、これを不当となすことはできない。論旨は理由がない。
そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。
検察官 山中明弘出席
(裁判長裁判官 平田勝雅 裁判官 吉永忠 裁判官 塚田武司)
右は謄本である。
昭和四九年一二月三日
福岡高等検察庁
検察事務官 横手誠人
控訴趣意書
被告人 山形吉信
右の者に対する所得税法違反被告事件の控訴の趣意は次のとおりである。
昭和四九年八月三日
弁護人 近江福雄
福岡高等裁判所
第一刑事部 御中
記
原判決は刑の量定が不当であり破棄されるべきである。
一、昭和四五、六年度の税額についてはいずれも修正申告をなし、大部分納付ずみである。即ち所得税七三、〇三二、八〇〇円、町民税二二、一六九、六八〇円、事業税五、三九一、三二〇円その他九八二、〇〇〇円、合計一〇一、五七五、八〇〇円を既に納付し、延滞税、重加算税等一九、六四四、〇〇〇円については分割納付が認められ、昭和四九年度に納付する七、八〇〇、〇〇〇円については約束手形を交付しており、残額については昭和五〇、五一年度に納付する予定になつている。
尚、右未納税については工場用地を担保として提供し、抵当権を設定している。これらの適切な措置は被告人に改悛の情が顕著であることを物語つている。
二、株式会社を設立して、組織を明確にし経営方法を合理的にしたので再犯はないものと期待できる。
本件は事務処理の杜撰さも重なって発生したものと思われるが、被告人は本件発生後、事の重大さに驚き二度とこのような犯ちのないようにするため、昭和四八年一月株式会社山形種鶏場を設立し、第三者の資本も約三割導入し、経理は勿論その他事務機構全般にわたつて整備をすすめその成果は充分でてきている状況である。
従つて、二度と同じような犯ちは発生しないものと期待できる。尚、右株式会社の設立に際しては被告人の所有する資産の大部分は法人に引継いでいるので、運用又は処分できる個人資産としてはみるべきものはない。
三、被告人は、元来非常に仕事熱心であり、大正年代より続いてきた家業を何とか隆盛にしようとして種々の研究の結果、ハバードチヤンピオンの九州総代理店となつて種鶏業に打ち込んできた。
その結果、昭和四五、六年頃から事業も軌道に乗りはじめたが当時、周辺地域にニユーカツスル病という伝染病が蔓延し、一度この病気に襲われると永年苦労のすえ築きあげた事業は一朝にして水泡に帰すので、何んとか内部留保を大きくしようとして本件犯行に至つたものである。
このことは預金をそのまま保管して浪費等は全くしていないことからも推測できるところであり、又証人の供述等によつても明らかなとおり趣味も全くなく文字通り日夜仕事に取りくんで来たのであり、その動機において同情できる余地がある。
四、同種の前科前歴等もなく、又被告人は本件犯行について深く反省しており、このことは諸税の納付状況及びその後の機構整備についての熱意等によつて推測できるところである。
五、罰金八〇〇万円の判決であるが、前述のとおり、株式会社の設立にあたつて個人資産の大半は右法人に引継いでいるが、(もつとも引継がなければ営業を継続することは不可能だつたと思われる)引継がなかつた土地建物は種鶏場として使用されており、しかも多額の抵当権が設定されている。
従つてこれらの土地建物を処分することは事実上不可能である。又、前述のとおり昭和四八年中に一億円余の税金を納め、同四九年中には約束手形で分納し、同五〇、五一年においても分割納付をしなければならない状況である。
このことは税務当局においても被告人側で一時に税金を納付することが困難であると認定して分割納付を許可したものである。いずれにせよ被告人の今日の経済事情では罰金八〇〇万円を納付することは非常に困難であることは明白である。
六、被告人の営む種鶏業は昨年より急激な飼料の値上り(二倍)により経営は悪化してきているが、被告人は日夜努力して経営の合理化につとめ、又前述の税額を指定通り納付している状況であります。いずれにせよ、以上の情状を斟酌していただくならば罰金八〇〇万円は被告人にとつて酷ではないかと思料します。
以上